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個人輸入代行の『舶来屋』がお薦めする「
高橋 義孝
」関連の書籍をご紹介しています。 |
| 著書名 | トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫) | ![]() |
| 著者名 | トーマス・マン | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| ASIN | 4102022015 | |
| 装丁 | 文庫 | |
| 価格 | ¥ 420 | |
| 感想文 | 概要:マンを訳させれば右に出るものなしの義孝先生 本文:トーマス・マンの芸術観を一身に再現したトニオとアッシェンバッハ、この両極端な芸術家の生き方を作家の変わりに訳者として代行したのが義孝(ギコウ)先生。ギコウの呼び名は彼の名大や九大時代の教え子による。大相撲の横綱審議委員や数々の役職をこなしながら、日本文化の粋な知識人でもあった。ゆえに江戸文化や日本語にも造詣が深く、マンのようにドイツ語文化の厚みを一身に担った作家の豊かな言語表現を日本語に的確に移し変える妙技は義孝先生に限る。 さて、前半は若き詩人の悩みを叙情的に描き出し、日本でも北杜夫や三島由紀夫の芸術観に大きな影響を与え、後半のヴェニスでは、主人公のモデルが作曲家マーラーであったことなど、そのマーラーを直に尋ねた直後に書かれており、作曲家の苦悩を作家の苦悩に置き換えている。始まりの重々しいドイツ語、しどろもどろに近い句ばかりの連なりをなんと見事に訳し揚げていることか、まさにギコウ先生の翻訳芸術である。 マンの晩年の大作ファウストゥス博士の登場を予感させる、言語芸術実験はここに始まっている。マンの芸術的生命が擬縮した作品である、その知的な緊張感を名訳でお楽しみあれ。 概要:金髪のインゲ 本文:第2章はこのように始まる。「金髪のインゲ、インゲボルク・ホルム」妙な始まり方だと思った。気になって原文を参照してみた。すると第1章の始まりは「冬の太陽」(ディーヴィンターゾンネ)となっていて、第2章が「金髪のインゲ」(ディーブロンデインゲ)となっている。この二つの始まり方は明らかに韻をふんでいると思う。ところでマンは日記の中で、ハンス・ハンゼンのモデルだった友人について、だらしのない奴で、その後、酒で身を持ち崩して死んだと書いている。読者である私はマンの一筆書きのような描写で、かつて十九世紀末のリューベックで、無名の一少年が、さりげない思いやりで「今度ドンカルロスを読んでみよう」と言う姿が鮮やかに思い浮かぶ。なぜこんなどうでもいい瑣末なことが気になるのか。言葉の力だ。言葉が別の世界を開いている。 概要:妙致ある名作だが、私には難しい 本文:初読ではまったくわからなかったが、何度か読んで少しだけわかったと思う。たとえば「ヴェニスに死す」では、なぜ老人と子どもなのかと考えてみる。すると、この話は青年同士でも、男性と女性でも成り立たないのだと気がつく。互いに意識を向け合っているにもかかわらず死まで続いたどこか隠避な交流が、このように成立するには老人と子どもでなければならなかった。……どれだけ考え抜かれた話なのだろう、と驚嘆する思いがする。 とは言え、私には難しすぎて、少しも理解が足りていないと思う。原作を損なわないすばらしい訳なのだろうが、正直に言うと「作者や訳者がとても頭がいいのはわかるのだけど、誰にでもわかるように書いてほしい」と何度も思った。 概要:ところどころ 本文: ところどころ古く感じられる文章がありますが、これは翻訳のせいではないでしょう。 原文がそうだからで、そのへんは多少改変する方がいいかもしれない。 それは小さなキズで、設定よし、ストーリー&プロットよし、内面の描き方もすばらしい。 短いが、練りに練った完成品といえると思います。 概要:名訳で贈る最高傑作 本文: これほどの優れた翻訳は珍しい。もはや故人となってしまわれた高橋氏の業績に敬意を表したい。 私は原書を読んだわけではないが、マンの優れた筆致、精密な言葉遣い、考えつくされた構成がビシビシと伝わってくる。一流の作家とはこんなに優れた技術を持っているのかとため息が漏れる。作者の微妙な表現をこれほど精確に伝えきるのは、高橋氏の翻訳ならではといえるだろう。 ヴェニスに死すに関して言えば、ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」と比較して読むと面白い。これほどデリケートで内省的な作品を、言葉を殆んど使わずに、僅か2時間の映像に纏め上げた監督の技量にはただただ脱帽ばかりだが、この作品を映像を通して理解することによって、マンが描こうとしていた世界をより直截的に感じ取ることが出来る。二人の巨匠の微妙な表現の違いや、問題意識の角度の違いもこうした比較によっていよいよ明らかになる。 この小説は、美少年と芸術家の死とについてばかり注目されがちであるが、創作活動と日常生活との問題などの主題が込められており、さらに含蓄のある人物描写なども含めて非常に魅力ある作品となっている。 また、上記の二人の巨匠の性的嗜好が、登場する美少年の描写に大きな違いを与えている点も見逃せない。 新潮文庫に対しては、この名訳本について安易な版換えをせず、維持してもらいたいと切に願う。 | |
| 著書名 | 夢判断 下 新潮文庫 フ 7-2 | ![]() |
| 著者名 | フロイト | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| ASIN | 4102038043 | |
| 装丁 | 文庫 | |
| 価格 | ¥ 700 | |
| 感想文 | 概要:フロイトの代表作 本文:フロイトの代表作「夢判断」シリーズの下巻。 やはり、精神分析を学ぶのであれば押さえておきたい本であると思う。 わたしにとっては難解な内容であったが、前も書いたように「夢と夢解釈」を先に読んでいたのでちょっと救われた気がする。 の時はそんな風に思わなかったんだけどな〜。 何でだろう(?_?) 正直に書いてるよね、色々なことを、、、。 「夢判断」なので、当たり前といえば当たり前なのだけれど。 苦悩の跡もみることができる。 そこがフロイトの「人間らしさ」なのだと思う。 しかし、常に冷静で客観的に自分を見つめているところが凄い。 「夢」の事例が沢山出てくるところが面白いんだけど、フロイトらしい連想で解釈してるところがあって、「え?なんで」とか思うところが多かった。 でもそれはまだわたしが未だ消化不良だからだろうと思う(-_-;) それにしても長い論文だね〜。 読み応えあったけどね☆ 概要:転移という概念 本文: 本書ではフロイトは類型夢について述べている。夢に現れた何らかのものを象徴 的に置き換えたりしている。この辺りがフロイトの夢分析の誤解を受けるところだ ろうと思うが、夢に現れた何らかのものを機械的に他のものに置き換えることが夢 分析だと一般には思われてしまいがちである。例えば、靴や棒が出てきたらそれは ペニスの表れだとか。もしくはユング風に女の子がでてきたらそれはアニマである とか。このようなことは単なる言葉遊びで夢分析ではない。 フロイトも本書で書いている通り、夢分析をする最初の手続きは、夢主の性格や 人生歴史、ここ数日のうちの現実的事実をまずは押さえておく必要があると述べて いる。夢の主な部分はこれらのごくパーソナルなものから成り立っているからであ る。さらに、夢の中に現れた内容について機械的に置き換えるのではなく、夢主の 要素分析が必要となってくる。要素分析とは夢に現れた一つ一つのものに対して連 想していくことである。その連想を通して、夢主が無意識的に抱えている葛藤や願 望が出てくるのである。それは単なる機械的な置き換えでは捉え切れない夢主のパ ーソナルなものが伺えるのである。 この時点のフロイトの夢分析は一者心理学的な観点からのものである。すなわち 夢は夢主の葛藤や願望の現われであり、治療者とは関係がないものとして理解して いる。言い換えるなら夢を転移として扱っていないということである。 現代的な精神分析療法・精神分析的心理療法では夢を扱う場合には治療者との転 移関係の中で読み解いていくことがスタンダードである。夢の内容の中にどのよう に治療者が組み入れられているのかや、夢を報告した文脈などを考慮していく。フ ロイトは転移という概念を構築したが、技法的に転移解釈はほとんど用いず、発生 論的解釈がメインであった。このことがフロイトの夢分析にも端的に現れているの かもしれない。 概要:無意識とは?夢とは?抑圧とは? 本文:下では、無意識についてさらにつっこむ。後半ではとくに前意識について述べている。主として夢にまつわる症例が紹介されていく。防衛機制の数々、ヒステリーなど。ただ、エディプス・コンプレクスは若干胡散臭い。 | |
| 著書名 | ファウスト (第2部) (新潮文庫) | ![]() |
| 著者名 | ゲーテ | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| ASIN | 4102015043 | |
| 装丁 | 文庫 | |
| 価格 | ¥ 700 | |
| 感想文 | 概要:目眩めく《イメージの奔流》。 本文:《第1部》は、割と整理された分かりやすい作品でしたが、 この《第2部》は、非常に流動的でとらえ所のない作品に仕上がっています。 でも作品としては、この《第2部》の方が、遥かに傑作だと思います。 まるで万華鏡のように多彩に変化して行く、《イメージの奔流》が、まさに芸術的に美しいです。 そして、ラストにおける《永遠に女性的なるもの》による《魂の救済》は、まさに感動的です。 多少、読みにくいかも知れませんが、これを読まないのは、はっきり言って損だと思います。 《ワールド・バイブル》とまで言われた、世界文学史上の《最高峰》とも言うべきこの作品は、 時代を越えて光輝く《永遠の名作》だと思います。 概要:大作の後編 本文:頁量は、500ページ弱にもわたる。 かのドイツの文豪ゲーテの有名な作品。 世界でいきて、晩年にまでわたった人生をいきた大作家の集大成的作品。 世界が描かれているといっていい。現代のように世界中につながる情報ネットワーク機器がない時代、個人が経験や見聞き、本などから知りえた世界というものを作品化。 古来からの神話伝承なども盛り込まれている。 一人の人間の内心の描写は少ないが、演劇がすきなら読みたい作品。 宗教、神など取り扱っている問題は大きい。森羅万象にわたる。 概要:一週間で読み終わった 本文:戯曲的なものを読むのは初めてで、一語一句にすごい魂がこめられてるのが感じられた。が、2部に入ってギリシアの話について行かれず;漢字の読み方にもついて行かれず;諦めようかと思ってたとこでやっとギリシア脱出。全部を通してメフィストフェレスは人間に憧れを抱いたんじゃないかな。恋愛は成就しなくて、それについての話がやや後味わるかったけど、それも含めて人生ってこんなもんかなぁと。。 概要:女性的なもの あるいは 神秘の合唱 本文:私は、あまり一度読んだ本を二度三度と読み返さない方なのだが、高橋義孝訳の「ファウスト」は、多分、中学生で一度、高校で二度、大学で一度、社会人で最低一度は読んだ。読むたびに、自分に迫ってくる個所が変るように思う。また、読書という体験から伝えられるメッセージも変る。なにか教養というものに対して幼いあこがれがあったから、最初の頃は単に名作として無理矢理読んだ。あるいは、手塚治虫の「百物語」などとの関連で読んだのかもしれない。青春のころは、グレートヒェンとの恋物語として読んだように記憶している。自分の恋と、ゲーテの恋を重ねていた。ゲーテが恋多き人生だったと、解説にあったことで安心した。 そして、今回読了して、最後の最後は女性的なやわらかいものなんだと、肩に力が入っているようじゃなにごともと成就できないんだと、感じた。今日読み終わるまで、ファウストの最後のシーンはキリスト教的な救済なのだと固く固く信じてきたのだが、それだけではないものを感じた。ファウストの魂が価値を持ちうるのは、死んでしまった後だったんだ、これは自分にとって大きな発見であった。 概要:難解だ 本文:第一部は非常に読みやすかったが、第二部では話の内容がギリシャ神話なども登場 するようになり難解になってきて読むのに苦労した。 一読しただけではこの作品のよさはわからないのではないだろうか。 | |
| 著書名 | フロイト著作集 第10巻 文学・思想篇 1 | ![]() |
| 著者名 | フロイト | |
| 出版社 | 人文書院 | |
| ASIN | 4409310100 | |
| 装丁 | - | |
| 価格 | ¥ 4,725 | |
| 感想文 | 概要:思想として 本文:精神分析は臨床からはじまり、その基礎は生物学において いる。しかし、精神分析理論の発展により、それらは一大 思想体系として位置づけられていった。 その精神分析の思想的なところが本書には収録されている。 | |
| 著書名 | 精神分析入門 下 新潮文庫 フ 7-4 | ![]() |
| 著者名 | フロイト | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| ASIN | 410203806X | |
| 装丁 | 文庫 | |
| 価格 | ¥ 660 | |
| 感想文 | 概要:臨床に即して 本文: 下巻では神経症総論の続きと続精神分析入門が収められている。続精神分析入門で は7講が収められているが、これは特に精神分析入門のように講義録のまとめのよう な体裁をとっているが、実際には抗議録ではない。精神分析入門を発刊した後15年 も経っているので、新しい知見を付け加えるために書かれたものである。 特に精神分析入門の時にはなかった死の欲動や超自我といった概念が導入されてお り、その観点からの読み直しはとてもすっきりとしている。やはり概念が増えると説 明力や説得力が増えるのかもしれない。 この下巻も色々と見ていくと面白いのだが、一つだけ思ったことを書く。最後の35 講の「世界観というものについて」のところで、フロイトは精神分析は治療技術から出 発しており、それは科学の一つの分野であると言っている。思想体系としてのものでは ないと。現実的には精神分析は治療技術だけではなく、哲学や宗教や思想として広く世 界に知れ渡り、強い影響力を持っている。これは思想といって差し支えないぐらいであ る。しかし、フロイトは謙虚にそこまでは考えておらず、臨床の中・実践の中での精神 分析というありように限定しようという意図を持っているようである。 確かに精神分析的に見れば、世界の様々な考え方や現象を理解することができるよう になるが、いうなればそれは精神分析の応用であるにすぎないのかもしれない。精神分 析の本質や真髄はやはり治療者と患者との間で織り成される精神分析的な治療という営 みにあらわれているのだろうと思う。フロイトが最後まで臨床家として生きたのはそう いうことも関係していると思われる。 このことからも本当に精神分析を理解していこうとするのであれば、本を読んだり、 知識を積み重ねることももちろん大切であるが、それ以上に臨床の中で精神分析的な生 の体験を積み重ねることがとても大切になってくるのだろうと思う。 概要:ただの入門書と思っては大間違い 本文:フロイトの難解で錯綜した学説を理解するには何度もそれを咀嚼することが必要です。この「入門」を一読するだけではフロイト理論の全貌を知ることは困難かもしれません。個人的には、「不安」の章を読むことにより、フロイトが他の著作で述べていて妙に心にひっかかっていたフレーズ(「暗闇を怖れるのは愛する人を見ることができないからである」)の謎が解けて嬉しかったのと、「感情転移」と「精神分析療法」の章で真の臨床家フロイトのモラリストとしての立派さや温かさを感じることができて興味深かったです。 概要:エロスは地球を救う 本文:自我、超自我、エスという心的領域と無意識、前意識、意識という心的作用を理解するのはたいへん難しかった。後半にいくにつれて1ページ1ページが重く、何度も立ち止まって考えることを繰り返した。しかし、そんな骨の折れる作業を忍耐強く続けられたのも本書がたいへん興味深く、説得力があるからである。 特に面白かったのはサディズムとマゾヒズムについての話である。人間の欲動はそもそも破壊を求めるものと、広義的な意味で性を求めるものとに分類される。破壊の欲求は古いものの再現に由来する。破壊された瞬間からそれを再現しようと企てたいのだ。しかし破壊は有機的なものを無機的なものへとする行為だ。これを人間に置き換えると生から死へという意識の流れになる。つまり我々の欲動の一つには死への欲求があるということになる。そのままでは人類が滅亡してしまうのだが、これを抑えてくれる、いやもっとありがたく言えば、これを助けてくれるのがエロスなのである!!!この観点からみればサドとマゾの関係だけでなく男と女のいろごともドラマチックなものだと思わずにはいられない。 しばしばお笑い芸人たちが「エロは地球を救う」という発言を耳にすることがあるが、フロイトはこの一見利己的かつ無根拠ともとれる主張を、既に理論化していた偉大な人物であったのである。 概要:下巻は、上巻を布石に新たなる展開へ 本文:フロイトが、なぜ精神分析入門を錯誤行為や夢から語り始めたか、そのアプローチの理由については上巻でも触れられていたが、第二十四講「普通の神経質」で全貌が明かされる。 フロイトが、「人類」レベルの視点を欠かさなかったこと、また、精神分析を「科学(当時の)」に位置付けていたことを改めて認識した。哲学批判、宗教批判をした上で、「科学」を顕揚するとともに、「科学」に踏み止まる態度を示した。弟子であったユング、アドラーをチクリと批判しているが、マルクス主義批判が、今読んでも当たっていることには驚く。 上下巻を通じて、素人の私には論理展開が相当込み入っているように感じる。心というものが、そのような表現でしか表しようがないからなのか、精神分析がそのような歩みで進んできたからなのか。フロイトの言う「心的装置」の考えから、こころを何か機械的なモデルとして必死に捉えようとしている、あるいは原因→結果の線を何度も引き直すためにモデル改変に奮闘しているような感じを受け、こころとはちょっと違うんじゃなかろうかと感じた。 入門とはいえハイレベルである、あるいはハイレベルな所までフロイトが我々を引っ張っていってくれるとも言えようか。それにしても、フロイトの語り口はユニークで楽しい。 概要:講義の中心部 本文:ãããã¤ãã®è¬ç¾©ãä½³å¢ã«å...¥ã£ããç¥çµç-ãã®åã°ããã"ã®ä¸å·»ã«åé²ããã¦ãããæè¿'æ"¹è¨³ãããã®ã§ãã"ãã'è²·ãã¨ãã«ã¯çã«æ³¨æãå¿...è¦ã ã ãä¸å·»ã¯ä¸»ã«ããã¤ãã®ã¡ã¿ãµã¤ã³ãã¸ã¼ãèªãããé¨åã ã¨è¨ãããã"ãã¾ã§ã®è¦³å¯ãèå¯ã'ãã¨ã«ãããã¤ãã®çè«-ãèªããã¦ããã®ã'èªãã®ã¯ãã»ãã®ã©ã"ãªæ¬ã'èªãã"ã¨ãããã¹ãªãªã³ã°ã ã¨è¨ãåã£ã¦ãããã ãããè¨åºä¾ãè±å¯ã«èªãããã®ã§ãããã'èªãã ã'ã§ãé¢ç½ãã ãããã«ã"ã®å·»ã«ã¯ãã®ã¡ã«ããã¤ããæ¸ãè¶³ã-ãç¶ç·¨ãåé²ããã¦ãããã"ãã¯ãè¬ç¾©ãåºçå¾ã«ããã¤ããè¦ãã ã-ãããã¤ãã®æ-°ããªè¦å°ããããå¹...åºãè¦-ç¹ããã®åé¡ã'èªã£ããã®ã§ãããè³æ-ã¨ã-ã¦æã価å¤ãããã®ã¯å®ã¯ã"ã®é¨åã§ãã¨ãã«å¥³æ§ã«é-¢ããç« ã¯ãããã¤ããå"¯ä¸ã!ç²¾ç¥åæã«ãã'ã女æ§ã®åé¡ã«ã¤ãã¦ã¾ã¨ã¾ã£ãå½¢ã§è¿°ã¹ã¦ãããã®ã¨ã-ã¦éè¦ã§ããããã§ãããºã éåããã"ãã'æ¹å¤ããã"ã¨ã«å¤§ããªéç¹ã'ç½®ãã¦ããã | |
| 著書名 | 夢判断 (下) | ![]() |
| 著者名 | ジグムンド・フロイド | |
| 出版社 | 日本教文社 | |
| ASIN | 4531080831 | |
| 装丁 | 単行本 | |
| 価格 | ¥ 2,140 | |
| 感想文 | 概要:フロイトの代表作 本文:フロイトの代表作「夢判断」シリーズの下巻。 やはり、精神分析を学ぶのであれば押さえておきたい本であると思う。 わたしにとっては難解な内容であったが、前も書いたように「夢と夢解釈」を先に読んでいたのでちょっと救われた気がする。 の時はそんな風に思わなかったんだけどな〜。 何でだろう(?_?) 正直に書いてるよね、色々なことを、、、。 「夢判断」なので、当たり前といえば当たり前なのだけれど。 苦悩の跡もみることができる。 そこがフロイトの「人間らしさ」なのだと思う。 しかし、常に冷静で客観的に自分を見つめているところが凄い。 「夢」の事例が沢山出てくるところが面白いんだけど、フロイトらしい連想で解釈してるところがあって、「え?なんで」とか思うところが多かった。 でもそれはまだわたしが未だ消化不良だからだろうと思う(-_-;) それにしても長い論文だね〜。 読み応えあったけどね☆ 概要:転移という概念 本文: 本書ではフロイトは類型夢について述べている。夢に現れた何らかのものを象徴 的に置き換えたりしている。この辺りがフロイトの夢分析の誤解を受けるところだ ろうと思うが、夢に現れた何らかのものを機械的に他のものに置き換えることが夢 分析だと一般には思われてしまいがちである。例えば、靴や棒が出てきたらそれは ペニスの表れだとか。もしくはユング風に女の子がでてきたらそれはアニマである とか。このようなことは単なる言葉遊びで夢分析ではない。 フロイトも本書で書いている通り、夢分析をする最初の手続きは、夢主の性格や 人生歴史、ここ数日のうちの現実的事実をまずは押さえておく必要があると述べて いる。夢の主な部分はこれらのごくパーソナルなものから成り立っているからであ る。さらに、夢の中に現れた内容について機械的に置き換えるのではなく、夢主の 要素分析が必要となってくる。要素分析とは夢に現れた一つ一つのものに対して連 想していくことである。その連想を通して、夢主が無意識的に抱えている葛藤や願 望が出てくるのである。それは単なる機械的な置き換えでは捉え切れない夢主のパ ーソナルなものが伺えるのである。 この時点のフロイトの夢分析は一者心理学的な観点からのものである。すなわち 夢は夢主の葛藤や願望の現われであり、治療者とは関係がないものとして理解して いる。言い換えるなら夢を転移として扱っていないということである。 現代的な精神分析療法・精神分析的心理療法では夢を扱う場合には治療者との転 移関係の中で読み解いていくことがスタンダードである。夢の内容の中にどのよう に治療者が組み入れられているのかや、夢を報告した文脈などを考慮していく。フ ロイトは転移という概念を構築したが、技法的に転移解釈はほとんど用いず、発生 論的解釈がメインであった。このことがフロイトの夢分析にも端的に現れているの かもしれない。 概要:無意識とは?夢とは?抑圧とは? 本文:下では、無意識についてさらにつっこむ。後半ではとくに前意識について述べている。主として夢にまつわる症例が紹介されていく。防衛機制の数々、ヒステリーなど。ただ、エディプス・コンプレクスは若干胡散臭い。 | |
| 著書名 | フロイト著作集 第3巻 文化・芸術論 | ![]() |
| 著者名 | フロイト | |
| 出版社 | 人文書院 | |
| ASIN | 4409310038 | |
| 装丁 | - | |
| 価格 | ¥ 4,725 | |
| 感想文 | 概要:文化解釈 本文:精神分析の理論を用いて文化や芸術の解釈をしていっている。 文化の成り立ちは諸説あるが、フロイトはエディプスコンプレ ックスや性理論から読み解いている。 それらが歴史的にどれだけ妥当性があるものかは分からないが 、臨床をする上でのメタファーとして理解するとなかなか面白 いところがある。 概要:巨匠による巨匠たちの精神分析 本文:この本に登場する顔ぶれが凄い。ゲーテ、シェイクスピア、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ドストエフスキー。いわば、天才フロイトにふさわしい、巨匠による巨匠たちの精神分析(ただし、イェンゼンのような小者も含む)。作品論、作家論としても面白い。 フロイトのような天才には幸福な晩年こそふさわしいはずだったが、不幸なことに彼の最後の年月はヒトラーの登場と重なってしまった。そのせいもあるのか、彼の世界観は本当に暗い。ロマン・ローランの「大洋感情」を否定し、人間にはエロス(生の本能)の他にタナトス(死の本能)もある、と主張した。つまり、人間の攻撃欲、破壊欲は本能に根ざしたものだ、と。 フロイトのニヒリズムは徹底している。私はニーチェ以上ではないかと思う。ニーチェは規制社会の価値観を崩壊させたが、「善悪」に対して「良い悪い」を提起したり「運命愛」を語るなど、彼流ではあるが、世界の価値を改めて創造し直そうというようなところがある。でもフロイトにはこれが全くない。世界はただあるようにあり人間にはどうすることもできない、と考えていたように見える。そして私には、こんな絶望的な世界観を持っている男にどうしてあれだけ膨大な仕事ができたのか、不思議でならない。 「フィロソフィー」というのは、知への愛、という意味なのだそうだが、フロイトはすべての希望に背を向けて、ただ「知への愛」だけを支えにして生きていくことができた、ということなのだろうか? ーースピノザの声が聞こえてくるような気がする。「知こそが徳であり、幸福であり、善である」 概要:フロイト入門! 本文:フロイトの著作すべてによこたわる悲哀、愛惜は三巻においてことごとく結実しています。 ボクが三巻を読んだのは著作をひととおり読み了えるころでしたが(「トーテムとタブー」を除く」)人間の仕事を通して寄せる彼の人間への情念や執念をこれほどまでに鮮やかに際立たせた編書はみつかりませんし、これからも見当たらないことでしょう。 読んだころに決意めいたものを感じたことを忘れられません。 | |
| 著書名 | 魔の山 下 新潮文庫 マ 1-3 | ![]() |
| 著者名 | トーマス・マン | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| ASIN | 4102022031 | |
| 装丁 | 文庫 | |
| 価格 | ¥ 940 | |
| 感想文 | 概要:読んでおく価値あり 本文:表現方法が難解(一般人にとっては)ではあるが、言葉の操り方にもの凄い技術を感じる。現代の流行小説のように読者におもねる様なところが無く、むしろ、読者に知識と知性と忍耐を要求している感じさえある。 発刊当時の読者層は、ヨーロッパの知的なある程度の上流階級であったろうから、読み進めるのに非常に骨が折れた。苦痛を感じさえした。啓蒙主義、形而上学、フリーメースン。謝肉祭等、知ってそうでよく知らない言葉が多く、調べながら読んだ。 作者は、哲学的、宗教的、生物学的、思想的、歴史的セリフを通して、読者に、自分だけではなく人類はこれからどうあるべきなのかを考えるようメッセージを込めているのでないか。 長文で、主人公と長きに渡り付き合うので、ハンスの最後の戦争シーンの印象が強い。 概要:《死》が作品とヨーロッパを覆う 本文: 下巻は面白いです。私が気に入ったのはナフタで、彼の登場と活躍で物語が引き締まった。しかし彼の最期があれだとは……。 この作品は、書いている途中で第一次大戦が起こってしまい、完成がかなり遅れました。作者の混乱は読んでいてもうかがえます。下巻になると、物語が《死》の方向へ加速していくのです。そしてあの唐突な締めくくり。大戦という大惨事によって、この作品のテーマも粉砕されてしまったかのようです。あの高地での生活は、ハンスを銃弾の的にし、泥の中で息絶えさせるためにあったのか? 概要:セテムブリーニとナフタの激しい論戦に負けるな! 本文:上巻では、主人公の青年は人文主義者のセテムブリーニから哲学的、思想的な個人レッスンを何度も受ける。正直、内容が高尚過ぎてハードだった。それなのに、なんと下巻ではセテムブリーニに論客が現れる! イエズス会士にして保守主義者のナフタである。ふたりの激突は小説を超えて「朝まで生テレビ」的徹底討論が展開される。高尚さに輪をかけたふたりのハードなやりとりに、何度も甘い挫折の誘惑に負けそうになった。魔の山を下山したくなったが、一歩一歩地道に進んでいけば、いつかは頂上に辿り着けるのだ。それをおまじないのように唱えながらぼくは谷を渡り、尾根を登った。皮肉なことに、主人公の青年が7年も滞在していた魔の山を後にすると同時に、ぼくは山の頂上で仁王立ちすることになった。眼下には人間なる生き物の不可思議さが広がっていたのである。 概要:ドイツ文学の遺産、そして至宝。 本文:・・・そのブ厚さに、思わずたじろいでしまいますが、ドイツ文学、教養小説の「高み」を見せてくれる作品です。「傍観者」のはずのカストルプ青年の、「当事者」への変化。セテムブリーニとナフタの存在、その対決。ヨーアヒム の死。この作品は、読むあなた、あなた自身が主人公なんですよ。 そのカタルシスは、ヘッセの「ガラス玉演戯」にも通じ、やはりヒトという「生き物」の儚さ、脆弱な存在を通して、「今、何をすべきか」に導いてくれます。 「ベニスに死す」だけがトオマス・マンではありません。 過去、映画化されています。(入手困難) | |
| 著書名 | 魔の山 (上巻) (新潮文庫) | ![]() |
| 著者名 | トーマス・マン | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| ASIN | 4102022023 | |
| 装丁 | 文庫 | |
| 価格 | ¥ 860 | |
| 感想文 | 概要:色々と考えさせられる一冊 本文:この長い物語を読むのは簡単なことではない。トーマス・マン自体執筆に15年かけているぐらいだし、僕のような凡人にとっては何回か読み直さないと物語の全てはちゃんと理解できないだろう。しかし、これほど読んでいて勉強になる本はめったにない。素晴らしい一冊です。個人的にはセテムブリーニがあまり好きではないのですが、(理由は色々あるのですが書いていたら長くなるので省きます)彼から教養の真髄というものを学んだ気がします。 しかしニーチェにしろ、トーマス・マンにしろドイツ人っていうのはどうしてこんな本が書けるのだろう? 概要:西洋人の食習慣もわかる 本文:この小説には西洋の食事シーンが沢山出てきて,それだけで充分楽しめます。幼いハンスが祖父と向かうテーブルには,ローストビーフとじゃがいも。ドイツ人は未成年でもビール(スタウト)を飲むのだと知った驚き。療養所にはヨーロッパ各地から患者が来ていて,各人の好みの食べ物も描かれ,そうした描写を通して人物像が生き生きと浮き上がるものでした。魔の山を初めて読んだのは30年以上も前で,ファミリーレストランもなく,ステーキなど気軽に食べられなかった時代でしたが,ハンスが滞在した療養所の豪華な3食のメニューは,豊かな西洋文化を想像させてくれました。食事シーンの描写が少ない日本の文学小説に比べて,妙に新鮮だったのを思い出します。そのほかスポーツや室内ゲームの描写,パーティーでの気だるい会話など,お金持ちのヨーロッパ人はこんな風に毎日を過ごすのか,という発見があります。 概要:文学?心理学?精神世界?の最高峰 本文:色んな小説の中でここまで文学、心理学、精神世界を表現したものは稀であると思う。長い話ということもあるが、トーマスマンは天才ということもあり、中盤のまったりした感じも計算のうちではないだろうかと思う。前半は現実世界感があり、後半になると主人公自体も現実の中にいるのか精神世界の中にいるのかわからないような感じが妙に美しく感じます。三島由紀夫が最も好きな小説家といっているのも納得です。特にこの小説はどこか詩的な感じをすごく受けます。はまって読んでいるとある世界観にはいれます。が、考えてみると帰れないような場所という所もないだろうがそういう設定をすることで、精神世界間を上手く表現しているのだなぁと関心しました。確かに文学最高峰です。 概要:過大評価 本文: やっと上下巻を読み終えた…。上巻700ページ、下巻800ページととにかく長かった。それを最後まで読み通したのだから、つまらない作品ではない。しかし、私にとって面白くなったのは下巻からで、この上巻は退屈だった。長文を読むのが好きな人以外には薦められない。「二十世紀を代表する名作」という評価を見ても、単純に信じない方がいいだろう。 概要:お宝 本文:小生の無人島の一冊であります。とりあえずファウストを読んでいないとお話になりません。 さすがにドイツ文学、考えすぎです。事物をとらえる目が必ず頭脳をひとまわりして表現されていて、そこがたいへん美しいのです。 フランス教養小説の狡猾さや即物性とは対照的です。登場人物を短絡的に美男美女にしないところがまた頑なでよろしい。 このうじうじ感を舐め回すように読むのが最高に楽しいわけです。 ハンス・カストルプを馬鹿な子ほど可愛い、とほほえみながら読めるのは上巻まで。下巻は暗雲、吹雪そして鋼鉄の嵐に暗く覆われます。 余談ですがオルロフスキーマニアの私はベーレンスがとってもツボだったりします。 | |
| 著書名 | 夢判断 上 新潮文庫 フ 7-1 | ![]() |
| 著者名 | フロイト | |
| 出版社 | 新潮社 | |
| ASIN | 4102038035 | |
| 装丁 | 文庫 | |
| 価格 | ¥ 740 | |
| 感想文 | 概要:個々に対応していない 本文:『夢診断』と銘打たれたから買ったものの、訳文は非常に難解かつ回りくどい。 実際にフロイトが夢診断を行ったページまで読んだが、これは自分の夢を診断しようという目的で読む人にはお勧めできない。 何故ならばフロイトが実例を用いて解釈をしているからである。(それもフロイトだから出来ることであろう) 私は自分の夢の手がかりになればと思い買ったので正直がっかりだった。 心理専攻学生などが読むべきものであると解釈した。 概要:フロイトを学ぶなら是非 本文:ジグムント・フロイトが1900年に著した本です。 彼は、自由連想法や夢の分析により、患者の抑圧された無意識の欲求が、夢や錯誤行為となって表れてくることを経験的に導き出しました。 原題は「Traum-deutung」で「夢の読み方」だそうです。 夢の中に出てくるもののイメージそのものよりも、出てきたもののことばの「音の響き」の連想で解釈を進めていっています。 けれど、遠まわしな表現が多くてちょっと分り難かったかな。 おそらく読み手に極力誤解を与えないような言語表現を選んでいった結果だと思うのですが。 逆に分り難くなってるよ、、、。 訳者の高橋先生の苦労の跡が見て取れます。 自分の理論を読み手が分っている事を前提に話が展開していくので、本の内容をよく消化出来ていないと、何回も前に戻って確認したりしてしまいます。 なので、わたしは時間がかかってしまいました。 ん?わたしがアホなだけでしょうか( ̄△ ̄;) 上のような理由で「分かり難さ」はあるので、一番最初に読むよりも、同じフロイトさんの「夢と夢解釈」を読んでみてから読まれることをお薦めしたいと思います。 でも、読み応えがあって面白い本でした。 次は「下」の方を読んでみます。 概要:この書物こそフロイト入門 本文:「夢判断」はフロイトによる自己分析の書でもあります。もちろん、読者は「夢は願望充足である」というキーワードをめぐる理論的展開について知るのですが、随所に盛り込まれているフロイト自身の少年時代や医学に携わってからの名誉心や嫉妬心についてのエピソードも興味深く、自伝的な要素もあり、フロイト論文の中でもやや特異な位置をしめる著作と思われます。また、所々にちりばめられているいろいろな比喩や文学作品からの引用により、ともすれば無味乾燥になりがちな心理学的理論が活き活きとしたものとなり、自然と理解が深まるように工夫してあり、フロイトの作品が文学的にも評価が高いと言われている理由がよくわかります。これから読もうと思っておられる方には、この書物は単なる夢についての心理学的理論書ではなくて、フロイト自身の臨床経験および人生経験の結晶であるとお伝えしたいと思います。 概要:ある意味科学への分岐点であるフロイト 本文:個人的に関心を引く箇所は多々あったものの、ところどころが難解。上巻では主に「夢とは何ぞや」をテーマに展開していると思う。たしか前意識は出てこなかったと思うが、夢は願望充足なんだよ、てことが最大のメッセージだったであろう。いずれにせよ、リビドーのつっこんだことや、無意識に関するその他の理論も下巻で詳しくやるのではないだろうか。だから、一般的に我々が知るフロイト理論の多くは下巻で登場してくるのだと思う。ところで、フロイトがコカインを利用していたエピソードがやはり興味深かった。 概要:知は力である!? 本文:夢は一種の精神病です。精神病者は不合理な夢の世界を現実に生きているのです。それならば、夢を合理的に解釈できれば、精神病は私たちに理解可能なものになる筈です。そして、不可解な夢を合理的な言葉で説明できるように、ある症状に苦しんでいる患者がその症状を生み出しているコンプレクスを言葉にできたとき、病から癒えることができる、とフロイトは言います。明晰な認識こそが人を正常にする、知は力なり(スピノザ)、という訳です。ーーでも、私たちに知られる無意識自体が、意識にのぼった時点で既に変形・歪曲されたものですから、私たちは決して無意識の<全貌>を知ることができません。夢の分析に終わりはない、ともフロイトは考えていました。 フロイトは徹底したリアリストです。同じ課題を繰り返し提出し、分析し、説明し、推敲し、修正し、定義し直します。マルクスにも矛盾をそのまま提出しながら現実に近づこうとする傾向は見られますが、マルクスは人間のあるべき方向を示そうという努力もしています。一方フロイトは、ただ現実世界で生きる人間の赤裸々な深層心理をえぐり出すだけで、甘い理想は決して口にしようとしません。--人間を理解するために動物に対する以上の手段は必要ではない! どうして他生物の存在意義を問わないのに、人間の存在価値だけを問題にするのか? 人間は意識(自我=私)によって生きているのではなく、無意識(エス=それ)によって生かされているのですから、人生の意味を問うことなど本来不要なのです。人間は他の生命体と同様、もともと無目的に存在しています。 | |